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Petra "El Khazneh" [Jordan]


Petra


ヨルダンに到着して3日目、今日はいよいよぺトラ遺跡に行きます。

ペトラとはギリシャ語で「岩」を意味するそうですが、アラビア半島に
住む遊牧民のナバテア人が紀元前4世紀頃からこの地に住み着き、
交易のルート上に位置していることから紀元前後の1世紀にかけて
繁栄を極めたようです。

その後、西暦106年にローマ人に征服され、363年に大地震が起こ
り都市は衰退し、人々の記憶の中から忘れ去られていたのですが、
1812年スイス人の探検家により発見され再び人々に知られるように
なったようです。

でも、本当の意味で広く知られるようになったのは、映画「インディ・
ジョーンズ/最後の聖戦」のおかげのような気がしますが・・・。
(当方もその一人です。)


では、遺跡見学スタートです。


IMG_6142.jpgIMG_6147.jpgIMG_6155.jpg
ゲートをくぐると早速、遺跡があります。 オベリスク墳墓        さらに進むとシークの入り口があります。
でも、何の遺跡かよく分かりません。  イシス神(エジプト)が掘られています。                           

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水は貴重だったためダムが造られました。シーク(岩の裂け目)を進みます。  ドゥシャラ神の祠
                     シークは幅3~8m、高さは90mくら
                     いあります。
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入口からずっと下り坂。帰りはずっと上り坂。 シークはまだまだ続く。   さらに歩くと・・・。あっ。
シークの両側には水路の跡があります。









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El Khazneh : Canon IXUS 230 HS





シークの入り口から2kmくらい歩くと急に視界が広がり
エル・ハズネにようやく会えました。
いきなりラストシーンを観るようですが、この展開が解っ
ていても感動です。

そもそもエル・ハズネは「宝物殿」と呼ばれていますが、
一番上に乗っている壺の中に、宝物が隠されていると
信じられていたことからきています。

しかし、2003年に地下室が発見され、そこから骨が
出土したことにより現在は王の墓ではないかと考えら
れているようです。



IMG_6240.jpgIMG_6243.jpgIMG_6229.jpg
正面がイシス神(エジプト)、側面(左) 一番上の壺に宝物があると思い  イシス神も銃弾の跡が残っています。
は女戦士アマゾネス(ギリシャ)が掘ら  盗賊は銃弾を撃ち込みました。
れています。
IMG_6250.jpgIMG_6251.jpgIMG_6278.jpg
ファサード通り エル・ハズネから続く道 墳墓があちらこちらにあります。  王宮墳墓群(アーンの墓)


IMG_6288.jpgIMG_6291.jpgIMG_6294.jpg
柱廊通り               ローマに併合されてから出来たと     凱旋門のレリーフです。
                     思います。



エル・ハズネはペトラのほんの入口
ここから右奥に進むと王宮墳墓群があり、さらに進むと
ローマ化された街並みが現れます。

ペトラについては、建物の様式やレリーフを見ると様々
な文化が融合した都市だということがよく分かります。
それと薔薇色の都とはよく言ったもので、時間帯によっ
て本当に様々な表情を見せてくれます。

ようやく柱廊通りまで来たのですが、この辺りでぺトラ
の半分。長くなりそうなので、次回とします。


続く



ヨルダンの写真です。 fotologue



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Amman [Jordan]


IMG_0099.jpg
Amman : Canon IXUS 230 HS



Amman



ヨルダンに到着して2日目となりました。
1日目は長時間の移動のうえ、さらに遺跡見学だったので
体力を消耗しましたが、2日目はアンマン市内の見学、そ
してぺトラへの移動ですので楽な日程です。

アンマンについては、最古の都市のひとつですが意外と
見どころは少なく、今回はアンマン城塞と考古学博物館
のみの見学です。旧市街地など興味があったのですが、
残念ながらコース外です。

見学の前にアンマンについて触れておきますと、紀元前
1200年にアンモニ人が住み始めて「ラバト・アンモン」と
言う都市名になり、その後紀元前3世紀にエジプトに占領
され「フィラデルフィア」になり、西暦7世紀にイスラムが来て
現在の「アンマン」という都市名になったそうです。

アンマンの人口は200万人、ヨルダンの1/3の人口が集中
しているそうですので、かなり一極集中しています。
ちなみにヨルダンの面積は8万9000km2ということで日本
の1/4あるようです。

では、本日の見学です。


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ヘラクレス神殿 残っているのは一部のみ         ヘラクレス神殿の解説です。


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ヘラクレス像の一部だそうです。             ビサンチン教会の跡


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考古学博物館 現在、新しい博物館を建設中です。   博物館の内部 有名な「死海文書」は見ることができま
                          せんでした。

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アンマン市内 ペトラに移動します。           景気がいいのか市内は建設ラッシュです。


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途中、ものすごい砂埃に巻き込まれました。      デザートハイウェイ(砂漠の道)からキングスハイウェイ                            
                               (王の道)を経てペトラに向かいます。
                                3,000年前からある道だそうです。


前日、ジェラシュの遺跡をみたあとでしたので、正直、
アンマン城塞は物足りない感じがしました。
唯一、ヘラクレス神殿の柱の形(柱の中央がふくらんで
いる)が法隆寺の正門の柱と同じ形(ギリシャから伝わっ
たとされる)をしており、真意はともかくちょっと感動しました。

この日の午後は移動のみとなり、夕方ペトラに到着しました。
明日は、いよいよぺトラ遺跡に行きます。



次回に続く


ヨルダンの写真です。 fotologue




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Jerash [Jordan]


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Hadrian's Arch : Canon IXUS 230 HS




Jerash


自宅を出発してから約26時間を経て、ようやくヨルダンに到着しました。
本来ならば、すぐにでも寝たいところですが、時間はまだ午前10時。
という訳で、
先ずは、首都アンマンの北約50kmにあるジェラシュ遺跡を
訪ねます。

このジェラシュ遺跡ですがローマ人が約2,000年前にアラブに造った都市
で比較的保存状態の良い遺跡のようです。
なぜ保存状態が良いのかというと8世紀に大地震があり、遺跡もろとも
土の中に埋もれたため、かえって保存状態が良かったようです。

ローマ帝国の最盛期は地中海を取り囲むように領地を広げ、支配地を
維持するため、劇場や浴場などローマと同じような施設を整備し人民を
掌握していたようです。ジェラシュ遺跡もそのローマ都市の一つです。

では、早速見学です。

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South Theater (南劇場)                  Forum
地元の小学生から高校生まで沢山遊びに来てました。  円形の広場 敷き詰められた石はオリジナルだそうです。

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Church of St.cosmos & St.Damian          Temple of Artemis
多分、聖コスマス・ダミアヌス教会 モザイク画が    アルテミス神殿です。2世紀頃建てられました。
きれいに残っています。
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アルテミス神殿から列柱通りを望みます。         列柱通りにあった石。ギリシャ文字かな?


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Nymphaeum (ニンファエウム)               Colonnaded St.
西暦191年に建てられたもので、半神半人の妖精     列柱がきれいに残っています。
ニンフに捧げられたものだそうです。
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四面門から西側の列柱を望みます。           凱旋門を北側(入り口の反対側)から望みます。
最盛期は2万5千人が住んでいたそうです。       西暦129年、皇帝ハドリアヌスが訪ねたのを記念して
                                  建てられたそうです。


ジェラシュ遺跡ですが、今まで北アフリカの小さなローマ遺跡しか見た
ことがなかったので、これだけの規模の遺跡をみるとちょっと感激かな。

次は、もっと完璧なローマ遺跡を見てみたい気がするのですが、場所
は残念ながらリビアにあるそうです。カダフィ大佐のおかげで当面行け
そうもないですが・・・。

ジェラシュ遺跡、行く前は、それほど注目していなかった遺跡ですが
思ったより良い遺跡で、次回行く機会があれば時間を掛けてゆっくり
見てみたいところでした。


ヨルダンの長い長い1日目は終了です。



ヨルダンの写真です。 fotologue


次回に続く


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Etihad Airways [Jordan]


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Etihad Airways : Canon IXUS 230 HS




Etihad Airways



今回は初の中東への旅です。
利用した航空会社はエティハド航空。
日本では知名度は高くないと思いますが、それもそのはず。
2003年に設立され、日本に乗り入れたのも2010年からと比較的
最近のことだからです。

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成田 - アブダビです。A330-200 座席は2-4-2でした。  往路、成田 - アブダビの1回目の食事です。和食と
                                     洋食が選べました。

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往路、成田 - アブダビの2回目の食事(朝食)です。   往路、アブダビ - アンマンの食事です。
                                   成田 - アブダビの機中で食べたばかりで
                                   お腹が空きません。


今回の目的地であるヨルダンへのルートはヨーロッパ経由など
いくつかあるようですが、今回は一般的な中東経由です。
以前、利用したことがあるエミレーツ航空はドバイが拠点ですが、
今回利用したエティハド航空は、同じUAEのアブダビが拠点となります。
成田からアブダビまでは往路約12時間、復路約10時間、アブダビから
ヨルダンのアンマンまでは往復とも約3時間かかります。

エティハド航空の印象ですが、同じ中東系のキャリアのエミレーツ航空に
似ていて豪華な印象がありましたが、全体的にエンターテイメント系や
食事などは、ちょっとずつエミレーツ航空の方が良いように感じました。
でも、その差はほんのわずかだと思います。

IMG_0643.jpgIMG_0650.jpg
復路、アンマン - アブダビの食事です。         復路、アブダビ - 成田の1回目の食事です。


でもって、エティハド航空の評価は以下のとおり
機体 ★★★★☆
料理 ★★★☆☆(3つと半分かな)
CA  ★★★★☆(多国籍軍でした。汗)
総合 ★4つかな。


〔その他の情報〕
出入国審査については、基本的に問題はありませんでした。普通の感じです。
両替に関してですが、現在のレートは1JD(ヨルダン・ディナール)≒¥110程度です。
円からの直接の両替はできなくドルからの交換となりましたが、レートが悪かったのか
US$は随分安くなった印象がありました。



〔機内食シリーズ〕
Etihad Airways (エティハド航空)
Air France (エールフランス航空)
Emirates Airline (エミレーツ航空)
Continental Airlines (コンチネンタル航空)
Uzbekistan Airways (ウズベキスタン航空)
Air China中国国際航空)
Vietnam Airlines (ベトナム航空)
Northwest Airlines (ノースウェスト航空)
China Southern Airlines (中国南方航空)
Japan Airlines (日本航空)
Pakistan International Airlines
(パキスタン航空)
Cathay Pacific Airways (キャセイパシフィック航空)


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